魔法少女まどか☆マギカについての私的なまとめ
虚淵玄は、王道がなぜ面白いかを、よく分かっている人間だと思う。
よく頭のおかしいライターやクリエイター気取りのバカが
「誰もやらなかった事に挑戦する」とほざくが
大抵それは「先人が思いついたけどあえてやらなかった」ことだ。
王道が何故面白いか理解できない人間に面白い話は作れない。
(書き掛け)
魔法少女まどか☆マギカを、ちょっと面白いアニメ(「設定小出し系」に独特な面白みがある。長尺の会話シーンが多いのが印象的だ)ぐらいに思ってみていたのだけれど、なかなかすごい物語なのかも知れないと思えてきた。
脚本の虚淵玄は、エロゲ・ライターとして活動してきたそうだ。
真面目な人間だと思った。
たぶん当然のようにマルキ・ド・サドを読んでいるのだろうな、と思った。
非常に多くの物語を見てきている。
映像の構成や音楽、声優の話芸において、大変優れているというのがあるけれど、物語として(破滅的な種類の)力強さを感じる。
以下は、私的なまとめ。
第3話
■ いのち半ばで我ら死に臨むことについて
大抵の人間は、生きている「途中」に死ぬものだ。
予想しない瞬間に。
第4話
■ だれかが死んだ次の朝の描写
感覚的に考える鹿目まどかと、理詰めで結論を出す美樹さやかの会話。
「まるで、別の世界に来た気がする」
「あたしたちはもう、別の世界にいるってことだよ」
■ 空疎な言葉を喋ってしまうことについて
過去を全て忘れた鹿目まどかが、暁美ほむらに「わたし、ほむらちゃんが助けてくれたこと、絶対、忘れないから」と言い、暁美ほむらは、こぶしを握りしめる。
第6話
■ ものごとが裏目にでるということについて
■ 身体感覚について
肉体はもぬけの殻です。
死んだ体を魔法で動かして生きている振りをしているだけです。
第7話
■ 調教について
ソウルジェムを小動物が弄ぶことで、あっけ無く調教される。
わるぶっていた佐倉杏子は、本当は、他者のための祈りが理由だった。
物語では教会の神父を相対化する。
美樹さやかは、「あんたたちとはちがう魔法少女になってやる」と言い、ごく簡単な構図化された「悪への誘い、悪との訣別」になる。
「正義」に拘る美樹さやかは、不幸を知らない人間。
杏子の父の説法はどんなものだったのだろうか。
悪徳の栄えで、ノアルスイユによるジュリエットへの説法を以下に書き写してみる(現代思想社「悪徳の栄え」 P.79近辺)。
一般に罪と呼ばれているものは、すべて偶然であれ、計画的であれ、人間が法律と呼んでいるものに対する形式的な違反である。(略)われわれの行為はすべてそれ自体においては無差別で、善でも悪でもない。(略)要するに良心の呵責というのは、この最初心に萌した衝動の純粋素朴な結果なのであって、習慣のみがこれを破壊することができる。
第8話
■ 正義が忘れられるプロセスについて
美樹さやかは、一歩一歩、「正義の味方」から外れていく。
まるで罠にかかって身動きが取れなくなる動物のよう。
ただ、この「正義」も相対化されるものかも知れない。
412+1 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で [↓] :2011/02/25(金) 07:50:30.25 id:fLfBzKVz0 (1/4) [PC]
>>155
虚淵の凄いところを、アニメ側が汲んで、本当に凄くしたシーンだよね。
並の脚本家だったら、あのままさやか暴走で、魔女化なんだよ、
こんな世の中になんて価値が無いとか言って暴走魔女化なんだよね。そうじゃなくて、杏子に世話かけるねぇって言葉をさやかに言わせる。
何もかも、絡繰りに気付いた、さやかが杏子に世話をかける(つまり私は魔女になる
って知ってて退治してくれと願ってる)と言い残して、魔女化するんだよ。絶望と希望のバランスでなりたってるって事は、絶望もあるけど希望も沢山残ってる
その事に気付いてから、来たるべき魔女化を既にさやかは知っている。
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/anime/1298585756/412
第9話
■ 空疎な対話1(大義名分について)
まったく納得の行かない大義名分についての長尺の会話。
「お前は、ねじになるのです」という言葉を連想した。
君たち魔法少女が魔女になることによって、この宇宙のエントロピーは熱的死から遠ざかるんだよ、と嬉しそうにいう。
批判で「急にSF要素を持ち込んだような」というものがあるのだけれど、意外な気がした。
どうでもいい空疎なものであれば、それでよい。
ただ、以下は面白かった( http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/anime/1299329456/ )。
334+1 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で [↓] :2011/03/05(土) 22:13:36.41 id:uoZyB7iZ0 (1/2) [PC]
QB「君たち種族がなんでそんな個々の生き死にに拘るのか、まったく分からないよ」
まどか「個々人が、種族にとって大事だからに決まってるじゃない。
個々人は全て可能性の塊なのよ。大発明をするかもしれない、芸術を生み出すかもしれない。
そうした事をなる個体を、次世代、次々世代に生み出すかもしれない
だから私たちは自分も他人も大事にするのよ」
QB「不合理だね」
まどか「その不合理を積み重ねて、人類は発展してきたのよ。
私たちが将来宇宙へ行くにしても、その不合理の積み重ねにすぎないわ。
そして私たちの宇宙の未来を救うとしたら、将来の私たちの不合理よ」
QB「訳が分からないよ」
まどか「分からないはずがないわ。不合理の塊である感情に力があることを理解できているんだもの。
個々人の感情は人類を牽引する力で、将来宇宙をひっくり返す可能性の塊よ。
QB、あなたは今のわずかなエネルギーの為に、その宝石を石ころにしてる。
あなたは人類と宇宙の敵よ。だから私は、あなたを滅ぼす」
QB「出来る訳がないよ」
まどか「だから言ってるでしょう…少女は無限の可能性の塊だって!」そんなラストを夢想
■ メタフィクションについて
「そういうもんじゃん、最後に愛と勇気が勝つストーリーって言うのは」
竹取物語の主題歌の歌詞(もう25年も前)から、[Where is happy ending?]というフレーズを思い出した。
■ バトンタッチについて
直接的な比喩である「うんまい棒」のバトンタッチ(うまえもんに耳がついているのが良かった)。
なにをバトンタッチしたのか。
「この世界を救う」ということについてではないか。
救うとは、どういうことか。形而上だけでの救いなんだろうなあと思う。
■ 空疎な対話2
まどかがさやかに呼びかけるが、もはや、さやかは残っていない。
■ 救いについて
偽悪だった人間も、ほんとは、人を救いたかった。
救いたかった人間は、ほんとうは、救われたかった。
佐倉杏子は「仲間ができて、仲間と一緒にいること」により、救済を得た。
第10話
■ 繰り返すということについて
藤子F不二雄「未来の想い出」を連想した。
169+2 :風の谷の名無しさん@実況は実況板で [↓] :2011/03/11(金) 09:30:39.45 id:DHsGNT0S0 (1/8) [PC]
一週目
ほむらがまどかと対面、魔女の結界に捕まったところを魔法少女まどか、マミに助けられる
ワルプルギスとまどかとマミの二人で戦う→二人とも死亡して相打ち
ほむらはQBと契約 、まどかとの出会いをやり直したいという願いで過去に戻る二週目
ほむらが魔法少女としてまどか(魔法少女化済み)、マミと対面、共闘
まどかとマミに戦い方を教えてもらったりする→爆弾を使い始める
ワルプルギスとまどか、ほむらの二人で戦う。なんとか勝利するがまどか魔女化
魔法少女→魔女のシステムに気付き、みんなに伝えるべく再びループ三週目
まどか(魔法少女化済み)、マミ、さやか(魔法少女化済み)、杏子と出会う
さやかに爆弾が怖いとケチをつけられて銃器を戦いに導入する
ほむらは魔法少女の真実をみんなに伝えるも信じてもらえない
さやか魔女化→ほむらにより殺害
真実を知ったマミ発狂→杏子を殺害、ほむらも殺そうとする→まどかがマミを殺害
ワルプルギスとまどか、ほむらの二人で戦う。なんとか倒すが二人ともSG濁りきる
まどかは隠し持っていたGSでほむらを助ける。まどかはQBに騙される前の自分を救ってとほむらに願う。
何度繰り返してでもまどかを救うという約束をし、再びループ四週目
今度は誰にも頼らない、と一人まどかを救うために暗躍するほむら
最後まで一人で戦い続ける
ワルプルギスとほむら一人で戦うも追いつめられる
追いつめられたほむらを助けるためにまどかがQBと契約
まどかはワルプルギスを一撃で倒すという異様な強さをみせる
ほむらはまどかが契約したことに絶望してやり直し五周目
現在
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/anime/1299802841/169
■ シシュファスの神話について
神の怒りに触れたシシュファスは、石を持ち上げる罰を下される。
シシュファスが石を持ち上げるたび、石は頂上から崩れ去る。
崩れ去る度、シシュファスはやり直す。
カミュは、シシュファスこそ幸福な人間であると言う。
暁美ほむらは、時空の迷宮に閉じ込められ何度も繰り返しているとき、幸福な人間であると言えるのか。
■ フィボナッチの数列について
1と1を足す。
2。
2と1を足す。
3。
3と2を足す。
無限に繰り返すことにより、n-1項と、n項は、美しい黄金比に収束する。
■ 悠木碧さんの話芸について
第9話で素晴らしいと思ったけれど、第10話は圧巻だった。
■ クリームヒルト・グレートヒェン
最悪の魔女の名前。
■ 「契約」について
変わらない人間
ネットウォッチ板で紹介されていた〓〓から、引用。
コンピュータは0と1、つまり二進法、拡大解釈すると、アメリカ式=yes or no ということになる。これは、仮説であるが、キリスト教が一神教であるからだと思う。このアメリカ式思考が、現代のブッシュ体制に如実に表れていると思う。
〓〓を見直した。
どうせ誤謬論理であるが、この勢いが良い。
いいぞ〓〓、もっと悪態を付け、と思う。
引用した短い文から、下記の疑問が次々に浮かぶ。
・10進法であれば、どのようなコンピューターであるか?
・10進法のコンピューターは、アメリカ式= Yes or No でない、どのようなコンピューターなのか?
・キリスト教が一神教であると、なぜコンピューターが2進法になるのか?
・キリスト教が一神教であるのならば、コンピューターも1進法でないのか?
・どうして2倍になるのか?
・現代のブッシュ体制と、2進法のコンピューターの発明が、どう関係あるのか?
・2進法のコンピューターは、現代のブッシュ体制が発明したのか?
・上記の文の作者はフォン・ノイマンを知っているかどうか?
どうせ正しいことを言う必要は無いので、自分の思ったことを書いて欲しい。
一時期ライター志望だったわけだし。
ところで、これは、仮説であるが、
何で自宅サーバできないんだよー!!マニュアルどおりやってんじゃんかよー!!!
は、グローバルIPアドレスを契約していないから。
秀逸コピペ
http://tv11.2ch.net/test/read.cgi/movie/1094987323/
720 :名無シネマさん :2007/05/18(金) 10:48:04 id:PP1ccBEh
あと以下は、俺の妄想だけどね
チエコの手紙には、きっとこんなことが書いてあったんだと思う。
「刑事さん、私は今日、刑事さんに嘘をつきました
母はベランダから飛び降りたのではありません。父の銃が、母の命を奪う瞬間を
私はこの目で見たのですから
そして刑事さんに会って、知りました
その銃が、またどこかで、私の知らない誰かの母親の命を奪ったのだということを
でも父が悪いのではありません。
銃は人の肉体を滅ぼしても、人の魂までは奪えません
母を殺したのは、本当は私だったんだと、
ずっとそう思い続けて、今日まで生きてきました。
でも刑事さんに会えてよかった。
もし今日刑事さんに会って、ほんとうのことを分かってもらえないとしたら、
私はずっと考え続けてきたことを、実行するつもりでいました。
刑事さん、お願いです。
どうか父を助けて下さい」
Once Upon A ...
「バブルへGO!」の公開に伴い、レンタル店で「サマータイムマシン・ブルース」を推していた。
評判も良いようなので見てみた。
タイムパラドックスへの愛がある、と感じた。
良く読み込んでいるのではないか、と思った。
ともすれば難解になりがちなタイムパラドックスは、この作品では、わかりやすく、ポップである。
わかりやすさについて例示すると、細かい点では、「(水道の蛇口ではないけれど)タイムマシンが未来に行く際は画面の上に、過去に行く際は画面の下に」と見るものに無用の混乱を与えない配慮がされている。
yahooのレビューでも、
- 監督は、Back To The Futureを見ている
- この作品はドラえもんを参考にしている
などといった感想が書かれていたが、これは、この作品を見た人間が「好きなタイムマシンの作品」を連想した、ということではないかと思う(※)。自分は、広瀬正を連想した。
タイムマシンをガジェットとして使った軽妙なSFでは、広瀬正が有名である。和製SFにおけるタイムパラドックスものの金字塔と呼ばれる「マイナス・ゼロ」が有名だけど、上に貼った「タイムマシンのつくり方」は、絶妙な短編集である(そして、現在でも入手しやすいように見える)。例えば、掌編「発作」では、たったの1分だけ過去に移動するタイムマシンが登場する。ほんの少しだけの時間移動という点で、まず連想する。
映画では、画面の上下2分割という手法が数回出てきたけれど、正直に言うと、これの画面の上下でそれぞれストーリーが進むあたりが、広瀬正を連想させられて、なにか懐かしいような気持ちになった。
いまいちどAKASAKA氏に会うために、本棚から探して頁を開くか、とふと思った。
オヤコドンブリが食べたくなった。
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※ ところで、この作品に登場するタイムマシンはウェルズ式になっていて、時間設定はダイヤル式で行い、レバーを上下することで時間移動する。このレバーは真鍮と水晶で出来ている。タイムマシンに「カコ」「ミライ」と書かれたTape Writerが貼ってあるのが気になった。これも何か意味深なものに見えるが、どうか。
ドラえもんの死んだ夜
今晩たまたま知った。
情けなくて、涙が出た(リアルで)。
PCの前で涙を流しながら酔っ払った勢いでだれも見ないような場所に適当な言葉を刻もうとしています。
「本当のドラえもんとはなんですか?」
- 藤本の夢だよ。
- すこしふしぎな、未来から来たロボットだよ。
- 「そのころの未来」を象徴するキャラクターです。
いくらでも出てくるよ。
それを単なるキャラクター商品としか思っていない糞野郎には理解できないだろうけれど。
正直にいうと、いまは見ていないです、あの番組。
自然と、あまり見たいとは思わなくなっていたので。
「本当の−−−とはなんですか」という中学生の逆切れ質問のようなことをするような人が、リアルタイムで汚しているのですか。
おまえには汚す権利は無いよといいたい。
じつのところ、「ブリキの迷宮」をTV放送で見たときに、作品放棄的な願望が見えたような気がした、ことがあった。
けれど、もし作品放棄が本人の願望であったならば、それを受け入れようと思った。
受け入れようと思ったのは、本人だから。
「末期はTPによる解決ばっかりだよね」とかあれこれ文句言いながらも、大好きだったんだよ。
恥ずかしい話だけれど、
- じつのところ、「商業主義」という言葉について、どういうふうに悪いのか、いままでぴんときていなかった。
と思った。
こんなやつに汚されるぐらいなら、もう、ずっと見なくていい。
こんなやつが汚した映像をみるぐらいなら、
「モジャ公」が置いていないか日本中の古本屋をずっと探し回る徒労を続けた方が、よっぽどましだ。
死ぬというのはこういうことか。
もう、おれの思い出の中にしか存在しないんだよ。
とおり一遍な言い方だけれど、藤本弘は天才だったと思う。
よく言われることだけれども「引き出しからタイムマシン」という発想は本当にすごい。
少年の夢想と好奇心を、本当うまく表現したし、刺激した。
あと、おれの大好きな「鉄人兵団」で、藤本弘という人間のドラえもんは、陳腐なタイムパラドクスをすごく美しい詩に昇華させたと思う。
そして、もう存在しない。